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漫画・アニメの感想など


将棋の子

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「将棋の子」という漫画をご存知だろうか。将棋雑誌の編集長も務めたこともある、大崎善生氏による同名の小説を漫画化したものだ。テーマは将棋のプロ棋士養成機関である奨励会、それも奨励会を退会せざるを得なくなった少年達に焦点を当てている。

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この漫画に登場するのは、プロ棋士を志す少年達だ。才能に満ち溢れ、棋力はすでにアマ高段の大人を凌駕し、将来を渇望された子供達だ。しかし、彼らが皆プロ棋士になれるわけではない。天才と呼ばれる集団の、さらにほんの一握りだけが名乗ることを許される、それが棋士という職業なのだ。

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奨励会には21歳までに初段、26歳までに四段に昇段できけなれば強制退会という、鉄の掟がある。厳しい言い方だが、才能のない者には早い段階で諦めさせ、別の道で生きていくことを促すためのものだ。冒頭に登場するのが、その年齢制限を間近に迎えた中座誠三段だ。

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中座は昇段を賭けたリーグ最終局で今泉健司三段に敗北を喫し、自身の退会を確信する。しかし、中座を含む2位以下全員が12勝6敗で並んだ結果、前期の順位の差で中座が四段昇段となったのだ。

※このとき年齢制限により退会した今泉は、2014年のプロ編入試験に合格し、プロ棋士となっている

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奨励会で戦う少年達は、社会人を目指しているのではない。ただ棋士になるために、勝つために戦っているのである。その先にあるのが栄光か挫折かは、誰にもわからない。

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そんな中、加藤一二三新名人の誕生、そして谷川浩司や羽生善治の登場など、将棋界はかつてない変革の時を迎えつつあった。

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谷川以前と谷川以降、そこにはまるで違う理論によって立つ将棋が存在しているかのようだった。谷川に憧れ、谷川を目標にし、谷川の近代将棋に影響を受けた新世代の子供達。後に羽生世代と呼ばれる彼らは、旧世代の奨励会員を大いに苦しめていくことになる。

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かつて将棋は終盤からが勝負とされていた。序盤で多少形勢が悪くとも、結局は力のある方が中終盤のねじり合いを制するのだと。しかし谷川が終盤を体系化したことにより、「終盤は誰が指しても同じ」という状況が生まれた。その結果、序中盤でいかに形勢を損ねず、優位を確立できるかが最も重要と認識されるようになったのである。

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新世代の波に飲み込まれ、21歳までに初段という年齢制限を間近に迎えた山根少年。普通の家庭ではめでたいはずの誕生日も、彼らにとっては死期が近づくことを意味する。

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笠原伸也二段 対 羽生善治二段の対局。追い詰められた羽生は5筋に底歩を打つ。負けたくないという一心が表れた手だった。この手を境に、羽生の気合いに押されるように笠原の指し手が乱れ始める。

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二段から昇段することなく、奨励会を退会した笠原。その後社会人として働きながら猛勉強し、司法書士の国家資格を取得。笠原の将棋は、後に名人となる羽生の中に今も生き続けている。

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物語を通して語られるのが、成田英二少年とその母についてだ。彼は10歳の時点でアマ四段の棋力に達し、周囲からプロ入りを期待されていた。実家が北海道ということもあり、長年プロへの道を決断しきれずにいた彼だが、家族の後押しもあり奨励会に入会する。名人も夢ではないと期待されるほどの逸材だった。

冒頭で述べた通り、この作品は棋士を目指しながらも、競争に敗れ奨励会を去った者たちについて語られている。強い者が勝ち弱い者が負けるという、極めてシンプルであり、それゆえに厳しく残酷な世界。極論を言えば、彼らが敗れたのは彼ら自身の弱さに原因がある。しかし、そんな一言では言い表せないような何かが、この作品には込められている。

谷川や羽生といった棋士たちの栄光の陰で、散っていった多くの無名の若者達。そのうちの一人、成田英二のその後については、ぜひ本作を読んで確かめてもらえればと思う。

 

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